アレコレ楽書きessay

「イタリア楽描きessay」のサブブログ

交わりたい

「お腹空いた」「眠い」とつぶやいても

誰も過剰反応はしない。


それなのにどうして

人間の3大基本欲求のひとつ

性欲に関しては

過敏に反応するんだろう?


食欲と睡眠欲は個体維持のため。

性欲は種の保存のため。


どちらかといえば尊いのは

同類生命体の維持に関する欲求。

そう思うけれど。


性欲≒快楽のみを求める欲求

そんなイメージが

根強く植え付けられているから

「いやらしい」というレッテルを

貼られてしまう。


美味しいものを口に入れたときも

心地よい布団で寝るときも

快楽を感じるのに。


基本的にひとりではしない行為。

たいていは一糸まとわない姿。

だからなんだろうか。


授業中や会議中に

睡眠欲や食欲に関して

公言するのは場違い。


それと同様に

性欲に関する欲求を公共の場で

ことばにする必要はない。


でももっと気楽に

パートナーと2人だけのときに

交わりたいとて伝えていい。

そう思う。


ラテン系の人種は性欲に関する表現を

素直に言葉にする人が多い。


日本人はもっと率直に

あなたに触れたい

抱きしめたいと

表現していいと思う。


性行為は素晴らしいエネルギー交流。

心も身体も潤う。


相手がいなかったら?

ぎゅっと自分を抱きしめればいい。


自慰行為という言い方は好きではないが

ひとりでだって

性欲を満たすことはできる。


スポーツのイメージトレーニングと

なんら変わらない。


下品な食べ方が周囲の人に

不快感を与えるように

不必要に歪んだ願望を抱くことを

推奨してる訳ではない。


好きな食べ物がそれぞれあるように

性生活の好みだって千差万別。


空腹度が高いと品を選ばず

とりあえず食べられるものなら

なんでも口に入れたいと切望する。

性欲だって仕組みは同じ。


無理なダイエットは続かない。

無謀な禁欲は精神的に辛い。

だったら美味しく食べればいい。

楽しく交わればいい。


いわゆる普通の暮らしのなかで

無意識のうちに

たくさん植え付けられる制限。

その代表的なもののひとつ。


やろう、とストレートに

口にするのが苦手なら

パートナーとだけ通じるサインを

考えても楽しいと思う。


家族がいても子供がいても

2人にしかわからない合図。

そんな小さな秘事を共有することで

ますます楽しくなるんじゃないかな。


パートナーがいようが

ひとりだろうが

ポリアモリーだろうが

たった一度の人生。


肉体全身で楽しむことに

制限をかけるなんてもったいない。



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Foto Yaegashi Luna