アレコレ楽書きessay

「イタリア楽描きessay」のサブブログ

類友の極み

似た要素を持った人が集まるという

類友の法則は宇宙の法則。


それを極めるとどうなるか。


全く同じ人間はこの世に存在しないから

ひとりになる。


ひとりは孤独なのか?

否。


他者から承認されたいという

欲求がなければ孤独は存在しない。

誰かと比較しなければ

孤独を感じることはない。


生まれ落ちた場所に

自分以外の人間がいないと仮定してみる。


生物学的な可能性を無視して

ぽっと湧き出るように

自分の意識が生まれたら。


そこが生命維持活動を

問題なくできる場所だとしたら。


孤独という概念は生まれない。

絶対に。


ひとりではない状態を味わったり

他者と関わる他人を観察することで

孤独という概念が生まれる。


では肉体をもった人間として

この地球に生まれた限り

孤独を拭い去ることはできないのか?

否。


唯一無二の存在

自分自身と本当に仲良くなれば

どんなときだって孤独は消える。


周りの人の意見を聞きなさい

みんなと仲良くしなさい

という教育は

一見「正しい」ようにみえて

本当にたくさんの人を苦しめている。


学校でも家庭でもたいていは

「大人の言うことを聞け」

「ルールを守れ」

と教えられる。


自分自身の心の声を聞きなさい

ということはなかなか教えてもらえない。

いちばん大事なことなのに。


自分を絶対に見捨てない存在

生まれた瞬間から肉体を離れるまで

どんなときも側にいる人

それは自分自身。


自らを大切にしている人は

周囲の人にも優しい。


ここで言う優しさは

「相手の理想像を演じる」ことではない。

ライオンが我が子を崖から突き落として

じっと見守る優しさに近い。


いたたまれずに手を貸すのは

相手を信じていないから。

自分自身を信じられないと

相手を信じることもできない。


何事も極めること自体が

大事な訳でもない。


何か違和感を感じたときに

それを感知して動くプロセス。

なんとなくやってみたい

そのアンテナに従って肉体を動かす躍動。


その積み重ねが人生。


行動制限勧告が出ているイタリアで

私は類友の極みを楽しんでいる。



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Foto Yaegashi Luna