アレコレ楽書きessay

「イタリア楽描きessay」のサブブログ

万人にぴったり完璧なやり方などない

「絶対にこうやって」

「勝手にアレンジしないで」

「これが正解、他は間違ってる」

こういう決めつけのセリフを

繰り返す人や教えには近づかない。


これさえやっていれば

必ず成果がでるという

強力なエネルギーに惹かれる人は多い。

選択肢が自動的に消え去ることで

迷わなくなるから。


本当はその「やり方」が

唯一の方法なのではなく

絶対にうまくいくと

曇りなく信じる意識が

現実的に達成を引き寄せる。


そのやり方が「世間一般の常識」を

時代ごとに作りあげて伝承される。


そして時代が変わるとき

人々も集合意識も揺れる。

これまで絶対的な地位を築いていた

物・人・考え方、すべてが崩れるから。


そのとき人は彷徨う。

乗っても沈まない船を探す。

できることならもっと大きくて

絶対に座礁しない豪華客船を求める。

それでよかった。今までは。


やっと自分のボートを漕ぎ出す人が

少しづつ増えてきた。

そんな印象を持っている。

少なくとも私の周囲には

そういう人が増えている。


ということは。

私自身が自分でボートを漕いでいる。

そういうことだ。


大型客船を作ることに興味はなかったし

個人ボートを作成販売することにも

わくわくしなかった。


自分自身で独学で作りあげた

わたしだけの専用ボートは快適。

「それに乗りたい」

「同じものを作りたい」

そういう人が現れたとき

ものすごい違和感を感じた。


例え遠回りしても

作り方や素材を自分で

取捨選択した方がいい。


ほんとうについ最近まで

「他の誰か」が求めるものを

与える生き方をすべきか迷っていた。


楽しくて寝食を忘れるほどの

没頭探求ストーリーを伝えたら

「それって誰かのためになるの?」

と聞かれて思い出した。


「現金にならないものを作っても無駄」

と言った人達のことを。

それって売れるの?というセリフを

吐く人が周りから消えかけているので

脳裏の記憶が薄くなっていた。


お金だけを絶対的な尺度にしている世界から

私は抜け出してきたこと。


そして。

誰かのために何かをしないと

自分の価値がないという洗脳から

完全に解き放たれたと思っていた。


わずかに残っていた

存在価値への疑いを

その人の問いが拾い上げてくれた。


万人にぴったりのやり方はない。

私は私のやり方を採択する。

強要はしない。例え家族でも。


手とり足とり教わるのが苦手だから

それをやらない。

そう決めた。


私にとって実際役に立ったことをする。

どんな風に独自のやり方を確立して

点検・変更をしているか。

その方法をシェアする。

必要な人には必ず届く。

それでいい。それがいい。


今日も素敵な1日でありますように。


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Foto Yaegashi Luna