アレコレ楽書きessay

「イタリア楽描きessay」のサブブログ

読めない本

引っ越しのために
友人が本をたくさんくれた。
未読の作品だらけ。

イタリア暮らしで
時折届く日本語の本は
ありがたい貴重品。
紙の本が好きな私の大好物。

いそいそと分類をして
不要なものは処分。
リサイクルショップへ
直行させる本も数冊あった。

届いた日から早速
適当に手に取り
就寝前に読み始めた。

ところが。
どうしても読めない本が
そこそこある。
価値観が合わない。

「幸福な生活」百田尚樹
「青天の霹靂」劇団ひとり
「火花」又吉直樹

この3冊は断念した。

男女関係・人間関係の
日本人独特のリズムが
肌に合わない。
違和感しか感じない。

キスのひとつやふたつで
やたらと大袈裟に騒ぐ。
妙にはびこる上下関係。
自己卑下するような表現。

少し我慢して読み進めた。
だめだ。読めない。
あきらめて本を閉じる。

日本で暮らしていた頃の
拭いきれない違和感に
少し似ていた。

自分の意見を伝えると
キツいと言われ
まっすぐ目を見て話をすると
それがドギマギさせると言われる。

なんだなんだここは。
お子様だらけの世界なのか?
いやいや。
むしろ子供の方が素直で
まともに会話が成り立つ。

コミュニケーションの
基本中の基本が浸透していない。
そんな違和感を抱いていた。

もちろん日本社会で
どっぷり暮した日々の影響は
私自身たっぷり受けた。

言いたいことを言い切れないで
言葉を濁してばかりだったし
たいてい無難な態度を選択していた。

もともと平和主義だから
言い争いをするつもりもないし
反発したい訳でもない。

けれどもまともに意見を出し合って
言葉を紡ぎ合える人間が
本当に少なかった。

言葉尻を捉えて怒る。
拗ねる。
細かいことにしつこい。
思っていることを
まっすぐ言葉にできない。

本題にまでたどり着けない
表層的なやりとりには辟易していた。

それならば表現技術のつたない
相手の話じっくり聞こうと
耳を傾ければ惚れられる。

「この人は僕の話を聞いてくれる」

と勘違いする。

言いたいことを言わない社会の
弊害が承認欲求として
根強くはびこっている。

自分自身の声にも耳を塞ぎ
誰かにわかってもらいたくて
その誰かがいないと均衡を
保つこともできない。

つきあっていたらキリがない。
だからやめた。
無理して合わせるのは
自分の貴重な時間の浪費。
合わない感覚から
距離をとることにした。

もちろん日本社会の
よさもたくさんある。

思いやり・おもてなしの精神は
深く細やかで尊い。
優しい店員さんが多いし
かゆいところに手が届く
サービスの豊かさは世界一。

兎にも角にも
読めない本はもう、読まない。

秋の雨が降っている夜。
新しい本をお供にベッドで
極上時間を過ごします。

おやすみなさい。


Foto Yaegashi Luna