針仕事の手作業チームの
ひとりに言われた。
Quando parli sei acida.
(話をすると毒舌だね)
相槌や仕事の作業確認ではない
個人の意見を言うとき
たしかに私は甘くない。
acida (アチダ)は
酸っぱいという意味。
それを自覚している。
だから普段は意識的に
私見をすぐに言葉にしない。
ブログなどの発信は
基本的に短めの文章。
言い切り型の書き方が
自分っぽいので
あまりだらだらと書かない。
前置きや言い訳を
ながながと書くのは
気持ち悪くなるので
普段はやらない。
それも毒舌になりがちな要素のひとつ。
ですます調や丁寧な説明がないだけで
乱暴だと感じる人もいる。
特に日本人はその割合が高い。
おそらく表面的なコトバしか
汲み取ることができない人が
イタリアの職場で働いたら
単なる精神崩壊では
済まないかもしれない。
ズバッと言いたいことを
はっきり発する人が多い。
そして後腐れもない。
「ひどいヤツ」をコトバ面だけで
判断したらネガティブワード。
その裏に流れる愛情を感じ取れば
様相はがらりと変わる。
自分に向けられる言葉に
繊細だという人がショック療法として
イタリアでの言葉のやりとりを
体感したらどうだろう?
と、たまに考える。
そんな辛口系イタリア人の同僚から
毒舌の勲章をいただき
光栄極まりない。
Sì, sono acida.
(うん、毒舌だよ)
と答えて微笑む。
同僚もニヤリと口角をあげる。
そしてリズミカルに
針と糸を操って仕事を進める。
そういう日常が愛おしい。
先週末、経営者には
「サイコパス」と言われた。
これは最高の誉め言葉。
こだわりが細かすぎて
他の人には理解できないレベル。
それを技術として発揮すると
特異な才能になる。
では針仕事へ行ってきます。
素敵な1日をお過ごしください。
Foto Yaegashi Luna